浅草神社・三社祭の「日程・屋台の種類と場所(営業時間)」「三社祭の歴史・由来」

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浅草神社・三社祭の「日程・屋台の種類と場所(営業時間)」「三社祭の歴史・由来」

浅草・三社祭・屋台

浅草 三社祭の屋台の種類・場所・営業時間

三社祭が行われる3日間は、仲見世通りから浅草神社にかけてや、浅草寺の本堂の周り、浅草寺西側の西参道商店街には多数の屋台が出ます。

「わたアメ」や「あんずアメ」、「焼きソバ」、「たこ焼き」などの超定番屋台の他、飲み物、煮物や串焼き、珍しいB級グルメ、お土産物なども出ているようです。

2016年から、浅草寺でのアルコール販売が禁止されているので、お酒はありません。

ただ、離れたところで売っているものを買うことはできます。

お酒を飲みながら祭りを見るのは楽しく愉快ですが、中には酔って迷惑な行為をする人もいるので、気を付けましょう!

屋台の最終営業時間は、神輿が神社に帰ってきてからも、夜8時くらいまでは開いている屋台もあります。

普段の週末でも混んでいる仲見世通りですが、祭りの期間はそれにも増してすごい混雑です。

一緒に歩いている人とはぐれないように気を付けてくださいね。ウフ

また、串や箸でけがをしたりさせたりしないように、落ち着いて食べましょう!

浅草神社・三社祭の「開催日・日程・見学所要時間・人出」

東京浅草 浅草神社・三社祭の「見どころ・混雑状況・宮入・宮出の時間・コース」

三社祭の開催日(日程)

  • 5月17日・18日に近い金曜日から日曜日の3日間

例:2017年度は5月19日(金)、5月20日(土)、21日(日)になります。

三社祭の人出

  •  2015年:3日間で約185万人
  • 2016年:3日間で200万人
  • 2017年:3日間で210万人(予想)

 祭前日(木曜日)

例大祭(三社祭)は浅草神社という神社の行事のため、行事日程は例年、ほとんど一緒です。

19時:本社神輿神霊入れの儀(浅草神社社殿、神輿庫)

浅草神社本殿の御神霊(おみたま)を、「本社神輿」と呼ばれる、浅草神社の神輿3基にお移しする儀式です。

これらの神輿には、それぞれに浅草神社のご祭神である、土師真中知(はじのまつち)、檜前浜成(ひのくまのはまなり)、檜前竹成(ひのくまのたけなり)が祀られます。

 1日目(金曜日)

13時大行列 ※雨天時中止

浅草 三社祭・大行列おはやしを始め、芸者、踊り手、各町の役員さんなど、これから祭りを盛り上げる人々が浅草を練り歩きます。

浅草寺の裏側の言問通りを渡ったところにある「浅草組合」を出発し、ひさご通り、六区ブロードウェイ、雷門通り、雷門、仲見世通りを経て、浅草神社に至るルートです。

14時20分びんざさら舞の奉納(浅草神社社殿)

浅草・三社祭 びんざさら舞

15時「びんざさら舞」の奉納(浅草神社神楽殿)

「びんざさら舞」とは、無形文化財にも登録されている、大変珍しい舞いです。

元々は五穀豊穣を祈願する田楽と呼ばれる舞いの一種で、室町時代頃から受け継がれてきたと言われています。

今では商売繁盛や子孫繁栄も祈願されます。

「びんざさら」とは?

「びんざさら」とは、踊り手が持っている木製の楽器のことです。

15時30分各町神輿神霊入れの儀

三社祭・神輿神霊入れ浅草神社本殿の御神霊(おみたま)を、各町会の神輿へお移しする儀式です。社殿には入れませんが、離れたところから見学できます。

 2日目(土曜日)

10時例大祭式典(浅草神社社殿前)

浅草・三社祭 例大祭式典

12時町内神輿連合渡御

三社祭・町内神輿連合渡御「町内神輿連合渡御」の読み方は「ちょうないみこしれんごうとぎょ」と読みます。

南部・東部・西部それぞれの地区の神輿が、浅草寺本堂裏に集合した後、浅草神社でお祓いを受け、町内を巡ります。

すべて地区を合わせて44町会あり、合わせて約100基の神輿が次々と出発するので、16時ころまで浅草のあちらこちらで神輿がみられます。

子どもが担ぐ小さな神輿や、担ぎ手が女性だけの女神輿もありますよ

16時奉納舞踊(浅草神社神楽殿)

浅草・三社祭・奉納舞踊


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17時巫女舞奉奏(浅草神社神楽殿)

浅草・三社祭・巫女舞奉奏

 3日目(日曜日)

3時本社神輿庫出し清祓いの儀(浅草神社神輿庫)

6時本社神輿宮出し(浅草神社境内、浅草寺境内)

浅草神社・三社祭神輿を浅草神社から担ぎ出す「宮出し」が行われます。

浅草寺・浅草神社には入場規制もかかります。

7時30分本社神輿各町渡御

浅草神社の神輿3基が町を巡ります。

重さ約1トンの神輿を、100人がかりで担ぎます。

担ぎ手になるのは氏子たちで、神輿はリレーのバトンのように次のメンバーに渡されていきます。

三社祭のメインイベントで、多くの見物客が訪れます。

11時~18時「お祭り広場」開催

11時から18時の時間帯になると、雷門通りから馬道通りにかけてお祭広場が開催されます。

この間は、交通規制がかかり、一般車両は侵入できなくなります。

また、一度にたくさんの神輿が見られます。

14時巫女舞奉奏(浅草神社神楽殿)

15時奉納舞踊(浅草神社神楽殿)

浅草・三社祭・奉納舞踊01

16時太鼓奉奏(境内)

19時本社神輿宮入り

浅草・三社祭・宮入3基の神輿が鳥居をくぐって、浅草神社に戻ってきます。

21時本社神輿神霊返しの儀(浅草神社社殿、神輿庫)

神輿へ移っていた御神霊を、本殿にお戻しする儀式です。

社殿には入れませんが、離れたところから見学できます。

 


三社祭では、初日の「大行列」「びんざさら舞」に始まり、「町内神輿連合渡御」「本社神輿各町渡御」「お祭り広場」など、たくさんの見どころがあります。

全部見られれば最高ですが、時間が限られている場合は、見たいイベントの時間と場所を公式ホームページなどで確認しておきましょう。

お神輿を一目見られればいいという場合でも、浅草は町をあげてのお祭りムードで大変な混雑なので、行き帰りの時間も含めて、時間には十分に余裕を持った計画を立てましょう。

浅草神社・三社祭の「歴史(ルーツ)・由来」

三社祭の正式名称は、「浅草神社・例大祭」といいます。

浅草の町をあげてのお祭りになりますが、浅草神社の行事の1つです。三社祭のルーツは、浅草寺・浅草神社の創建までさかのぼります。

三社祭の「三社」とは?

浅草神社は、浅草寺に建てられた「三社権現社」というお社が始まりでした。

「三社祭」という通称は、これにちなんでいます。

普通、神社は神様を祀るお社ですが、この「三社権現社」は、浅草寺の創建に関係した、土師真中知(はじのまつち)、檜前浜成(ひのくまのはまなり)、檜前竹成(ひのくまのたけなり)の3人を祀りました。

これについては、以下のような伝承が伝わっています。

檜前浜成と竹成は漁師の兄弟で、628年、現在の隅田川にあたる川で漁をしていたところ、後に浅草寺の本尊となる、「聖観世音菩薩像」をすくい上げました。

ただ、仏教については何も知らない2人は、「不思議な像が網にかかった」くらいに思っていたのです。

この話を聞いて、像が「聖観世音菩薩像」であることに気づいたのが、地方長官(文化人とも)であった土師真中知でした。

中知はあつい信仰心の持ち主で、まもなく自宅を寺にして、聖観世音菩薩像を祀り、自らも出家しました。

真中知亡きあと、その息子が「檜前浜成、竹成、土師真中知の3人を神としてお祀りするように」というお告げを受ける夢を見ます。

そこで「三社権現社」が建てられ、3人は、土師真中知命(はじのまつちのみこと)、檜前浜成命(ひのくまのはまなりのみこと)、檜前竹成命(ひのくまのたけなりのみこと)という神として、祀られることになりました。

「三社権現社」はその後、1868年に「三社明神社」、1874年には「浅草神社」へと名称を変更して、今に至ります。

浅草神社の本社神輿の歴史

祭りの際に神輿を担いで歩き回るのは、神社のご祭神のご神体やお御霊を神輿に乗せ、地域を見ていただくためです。

従って、浅草神社には、土師真中知命のための「一之宮」、檜前浜成命の「二之宮」、檜前竹成命の「三之宮」という「3基の神輿」があるのです。

戦前の神輿は、江戸幕府の三代将軍家光により寄進されたもので、300年もの間、担ぎ続けられました。

昭和に入り、これらの神輿が文化財に指定されると、新しい神輿が造られました。

しかし、新旧すべての神輿が戦争で焼けてしまい、現在の3基は戦後に奉納されたものです。

浅草・三社祭の歴史

三社祭は、鎌倉時代末期の1312年(正和元年)に始まりました。

神社から担ぎ出した神輿を、隅田川の船に乗せる祭りで、「船祭」と呼ばれていました。

船祭は、江戸時代までは浅草寺と一体になったお祭りで、「観音祭」「浅草祭」とも呼ばれていたということです。

地域の氏子が参加する舞台としては、今では100基もの神輿が名物ですが、初めは神輿ではなく山車だったようです。

明治時代に入ると、船祭は一旦途絶えますが、明治5年には再び祭礼を行うようになり、日程は5月17日と18日に定められました。

現在では無理なく続けられるよう、「5月17日と18日に近い金曜日から日曜日」となっています。

浅草・三社祭で毎年喧嘩がある理由は刺青と関係が?!

三社祭に行くと、刺青をした人を多く見かけます。

もちろん全員ではありませんが、刺青をした人の中に暴力団関係者が多いのも事実です。

「三社祭に神輿を出す同好会」のうち「7割ほどが暴力団(やくざ)関係者が代表の団体」なのです。

過去には東京都の迷惑防止条例違反で捕まった暴力団員もいました。

他にも「暴力団(やくざ)関係者」の出入りが禁止されているのにも関わらず神輿に乗ったり、喧嘩をしたりということが絶えませんでした。

三社祭が「やくざ祭り」「喧嘩祭り」とも呼ばれる所以です。

しかし、地域の人からの不安の声も大きく、2015年から刺青を露出して神輿を担いではいけないことになりました。

所属する組の紋が入ったはっぴを着ることを控えるよう、通知もされました。

刺青や特徴的な紋が見えると、見る人が見ればどこの組所属の人かわかるので、喧嘩に発展しやすいのでしょう。

一方で刺青は、江戸文化の中では「粋」なものでもありました。

ですから、今でも、特に職人気質の職人さんの中には、刺青を入れている人もいますし、ファッションとしての刺青も広まりつつあるので、刺青自体が悪いわけではありません。

また、たとえ暴力団員でも、何もないのに一般の人に危害を加えたりはしません。

初めて見るとビックリしてしまうかもしれませんが、喧嘩や口論を見た時にそこに近づかないようにしていれば、心配はいりません。

しかし、ちょっと気性が荒い人が多く、荒れた雰囲気もあるのが三社祭の魅力でもあります。

ぜひ、その雰囲気を楽しんでくださいね!

浅草・三社祭のお問い合わせ先(住所・電話番号・URL)

三社祭については、浅草神社へ問い合わせましょう!

  • 住所:東京都台東区浅草2-3-1
  • 電話番号:03-3844-1575
  • 浅草神社URL:http://www.asakusajinja.jp/sanjamatsuri/

神輿渡御のルートやスケジュールは、浅草神社奉賛会のページで確認できます。

GPSで本社神輿の位置が示されるので、当日、神輿を見に行く方には便利です。

過去の三社祭の動画もたくさんあります。

  • 浅草神社奉賛会URL:http://www.sanjasama.jp/
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