浅草・浅草寺「弁天堂」

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浅草・浅草寺「弁天堂」

浅草寺・弁天堂

再建年

  • 1983年(昭和58年)
建築様式(造り)

  • 入母屋造
  • 鉄筋コンクリート造
屋根の造り

  • 本瓦葺
  • 宝形造
法事(縁日)

  • 巳の日(12日に1度)

浅草寺・弁天堂の読み方

浅草寺の境内には、難しい漢字の仏像やお堂がありますが、弁天堂は「べんてんどう」と読みます。

浅草寺・弁天山と「弁天堂」


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浅草寺の本堂の南東、宝蔵門の右手側には、こんもりとした丘があり、その丘を「弁天山(べんてんやま)」と言います。

石段15段ほどで登れる小さな丘です。

この弁天山の上に建つ朱塗りのお堂が「弁天堂」です。

美しい弁財天が玉手箱を開けて白髪になった?!

「弁天堂」の御本尊は、その名の通り弁才天(弁財天)ですが、この弁財天、私たちがよく目にする若くて美しい弁天様とは少し違う姿をしています。

なんと!「白髪の弁財天」なのです。

その見た目から「老女弁財天」と呼ばれ、全国でもめずらしい弁財天となります。

浅草寺 老女弁財天座った姿で、甲冑をまとい、右手には長い剣を持っています。

浅草寺の白髪の弁財天は、神奈川の「江ノ島弁天」と千葉の「布施弁天」とともに「関東三大弁天」と呼ばれています。

もともと古代インドの水の神・サラスヴァティーが”弁才天”となり、日本に伝わってから”弁天”と「」の字があてられて、お金にご利益のある神様だとされております。

浅草寺「弁天堂」の特徴と建築様式

現在の弁天堂は1983年(昭和58年)再建された鉄筋コンクリート造りの建物です。

屋根は、入母屋造り(いりもやづくり)、本瓦葺きでできおり、宝形屋根のお堂の右側に、横長の部屋が付随しています。

お堂の黒い扉の上には、緑色の額に金色の文字で「弁天堂」と書かれた扁額(へんがく)がかかっています。

そして、お堂の奥に御本尊である「老女弁財天の像」がまつられています。

その後ろの一段高い所に、「八臂弁天像(はっぴべんてんぞう)」が安置されています。

神様(仏像)の腕は「一臂(いっぴ)」、「二臂(にひ..ニヒヒっ)」などと数えます。

この像は、8本の腕を持っていらっしゃる弁天様で、8臂それぞれに「宝物」を持っています。

お堂に行くための石段を登りきった両脇には「石燈篭」が置かれています。

その後ろに狛犬が阿吽の口をしてニラみをきかせています。

弁天山には江戸時代に池があったようですが、今は埋没してしまっています。

また公園が近くにあるので、お堂からは子どもたちが遊ぶ声がよく聞こえています。

浅草寺・弁天堂の「巳の日法要(特別御開帳)」

普段は開いていないお堂ですが、「(み)の日」にお堂が開かれます。

また、午前10時と午後2時にはお教が詠まれるようです。

十二支の「巳」は「蛇」を意味します。

蛇の中でも「白蛇」は弁財天の使いだと言われているので、巳の日に供養されるのです。

12日に1度、巳の日はやってきます。

ですから月に2、3回は弁天堂が開帳していることになります。

浅草寺・弁天堂「巳の日法要(特別御開帳)」の日程・時間

  • 開催日程:12日に1度(巳の日)
  • 開催時間:午前10時~、14時~
浅草寺・弁天堂の場所

浅草寺・弁天堂は宝蔵門を向かってみて南東の方角にあります。
道路を渡って行くので、浅草寺の境内から出たような感じになります。
土が盛られたような山があるので、一目見れば分かります。

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