浅草・浅草寺「本堂」【旧・国宝】

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浅草・浅草寺「本堂」【旧・国宝】

浅草・浅草寺「本堂」【旧・国宝】

創建年

  • 645年(大化元年)
再建年

  • 1649年(慶安2年)
  • 1958年(昭和33年/現)
建築様式(造り)

  • 入母屋造
  • 鉄筋コンクリート造
屋根の造り

  • 本瓦葺(チタン製)
大きさ

  • 横幅:34.5メートル
  • 高さ29.4メートル
  • 奥行:32.7m
  • 柱の数:56本
本殿内陣・宮殿

  • 横幅:4.5メートル
  • 高さ6メートル
御本尊

  • 聖観音菩薩(浅草観音)
宗派

  • 聖観音宗
発願者

  • 勝海
法要

  • 毎年12月13日(開扉法要)

浅草・浅草寺「本堂」の歴史・由来・別名

浅草寺の本堂は別名で「観音堂(かんのんどう)」と呼称されています。

浅草寺の宗派は、聖観音宗(しょうかんのんしゅう)で、御本尊として、聖観世音菩薩をまつっています。

他にも、浅草寺は「浅草観音(あさくさかんのん)」とも呼称されていますので、本堂が「観音堂」と呼ばれているのにも納得がいきます。

本堂は、飛鳥時代、645年(大化元年)に僧侶の勝海が建てたものですが、何度も焼失し、その度に再建されてきました。

江戸時代には、徳川家光によって再建されますが、それも東京大空襲の時に焼けてしまい、現在見ることのできるお堂は1958年(昭和33年)に建てられたものです。

浅草寺の本堂の建築様式(造り)と特徴

本堂の正面の幅は、34.5メートル、屋根を含めた高さは29.4メートルで、かなり遠くからでもその姿が見えるようになっています。

本堂の屋根は、宝蔵門(高さ:21.7m)の屋根よりも高くなっています。

入母屋(いりもや)造り、本瓦葺きの屋根は、急な傾斜がついているのが特徴的です。

壁の装飾は美しく卍の文字や、鬼の装飾の姿もみられます。

お堂の中は、参拝客がお賽銭を投げる「外陣(げじん)」と、御本尊である「内陣(ないじん)」に分かれています。

浅草寺・本堂の見所(見どころ)


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本堂の見所【その1】浅草寺・本堂「志ん橋(新橋)」大提灯

浅草寺・本堂「新橋」大提灯(だいちょうちん)

  • 高さ:4.5m
  • 横幅:3.5m
  • 重さ:約600kg
  • 制作会社:高橋提灯
  • 寄進者(発願者):浅草・新橋の崇敬者

浅草寺の本堂にも、雷門に負けじと「クソでかい大提灯」が飾られています。

この提灯は、浅草・新橋に住む、古くからの崇敬者の方々の寄進によって奉納されたものです。

浅草・新橋と言えば、江戸期より「市(市場)」や「料亭」が多い土地として有名ですね。

この大提灯は、新橋の「料亭を営む方」や「芸者」の方々の組合が奉納されたようで、提灯をよく見ると芸者さんの名前が記載されているようです。

ぜひ、ご覧になってください。

本堂の見所【その2】浅草寺・本堂「外陣」

浅草寺・本堂「外陣」

  • 高さ:9.4m
  • 面積:約130畳

外陣とは、私たちが通常、お参りする場所で、コンクリート敷きなので靴のままあがれます。

格子越しに内陣の様子がうかがえ、御本尊がまつられている金色の「宮殿(くうでん)」が見えます。

お参りして、上を見るとそこには「施無畏(せむい)」と書かれた額がかかっています。

これは、江戸時代の能書家である「深見玄岱(ふかみげんたい)」が書いたものです。

「施無畏」とは、「畏(おそれ)れ無きを施(ほどこ)す」と読み解きます。

その意味とは「あなたのおそれや不安を取りのぞいてあげましょう」という意味です。

つまり、観音様が参拝者の方々に安らぎを与えているのです。

そんな安らぎを与えてくれる場所には、ちょっと不釣り合いな「大きな賽銭箱」があります。

それだけ多くの参拝者が、この浅草寺に訪れるということなのでしょう。

本堂の見所【その3】浅草寺・本堂の「外陣の3つの天井画」

浅草寺・本堂の外陣の上を見上げると天井には描かれており「3つの天井画」があります。

真ん中の絵画の名前:「龍之図」

  • 「龍之図」の大きさ
    ・縦の長さ:6.4m
    ・横の長さ:4.9m
  • 「龍之図」の作者
    ・川端龍子(かわばたりゅうし)

中央の龍の絵が近代の画家、川端竜子(かわばたりゅうし)の「龍之図」です。

浅草寺の山号は金龍山ですから、そこから龍の画が描かれたのでしょう。

龍子の龍の絵は、他の寺院でも天井に描かれています。

左右の絵画の名前:「天人之図」

  • 「天人之図」の大きさ
    ・縦の長さ:6.4m
    ・横の長さ:4.9m
  • 「天人之図」の作者
    ・堂本印象(どうもといんしょう)

荒々しい龍の両隣には、やさしい「天女の絵」が描かれています。

龍子と同時期の日本画家である、堂本印象(どうもといんしょう)の「天人之図」です。

本堂の見所【その4】浅草寺・本堂「内陣」

浅草寺・本堂の内陣には参拝ができない?!

外陣からお参りする人が圧倒的に多いのですが、実は内陣にも入ることができます。

本堂右手側に入り口がありますので、靴を脱いであがりましょう。

ご祈祷や法要もこの内陣の中で行われています。

浅草寺・本堂「内陣」の広さ

  • 横幅:12.7m
  • 奥行き:14.5m
  • 畳:約70畳

本堂の見所【その5】浅草寺・本堂「内陣・宮殿」

浅草寺・本堂の内陣の「宮殿」がある?!

浅草寺・本堂「内陣」には「宮殿」があると言われております。

宮殿??・・と、一瞬、考えてしまいますが、詳細は下記にて。

浅草寺・本堂内陣「宮殿」

造営年

  • 1955年(昭和30年)
大きさ

  • 横幅:4.5m
  • 高さ:6m
建築様式(造り)

  • 八棟造り
  • 総金箔押
屋根の造り

  • 三方・軒唐破風付き

本堂・内陣・宮殿の読み方

宮殿とは「きゅうでん」と読んでしまいますが、社寺建築においては「くうでん」と読みます。

殿(くうでん)」とも読まれますが、正しくはありません。

宮殿の役割

宮殿とはクソでかい「厨子(ずし)」のことです。

厨子とは、仏像や大切なお宝を収納しておく、豪勢な造りの箱のことです。

奈良時代以前の時代では「厨子」という言葉が日本に伝来しておらず、「宮殿」と呼称されていました。

つまり、浅草寺の歴史を証明する材料の1つと言うことになります。

浅草寺・本堂の宮殿は内陣の中央に置かれています。

そして宮殿の中にこそ、絶対秘仏である御本尊の「聖観世音菩薩像」が納められているのです。

1966年(昭和30年)に造られた宮殿は、「八棟(やつむね)造り」で、屋根の三方に軒唐破風(のきからはふ)という装飾が施されています。

「八棟造り」とは、豪勢な造りの唐破風の屋根をいくも従え、最後に超・豪勢な大屋根をそれらの屋根の上に覆い被せる・・と言った造りのことです。

また、壁は全部で260㎏の漆を使用して造られており、金箔が押されています。

宮殿の中は上段と下段の2間の畳敷きになっています。

他にも、秘仏の代わりに信者が拝むことができる、以下のような観音像が宮殿には安置されています。

  • 上段に「永代秘仏(えいたいひぶつ)」のご本尊
  • 下段に「お前立(おまえだち)」の仏像

しかし、下段のお前立の仏様でさえ、1年に1度しか拝むことはできません。

浅草・浅草寺・本堂の開帳時間

  • 午前6時~17時まで

終わりに・・

浅草寺のもう1つ秘仏?!「裏観音」について

実は、本堂の「内陣・宮殿」の裏側には、もう1尊、観音様が安置されています。

しかも、その観音様と言うのが、なんと!「聖観世音菩薩立像」と言えば驚きますでしょうか?

詳しくは、宮殿の裏側に回ると「後堂」と呼ばれるお堂に「聖観世音菩薩立像」が安置されており、1年に1回待たずに拝見できるのです。

しかし、少しガッカリなお話をとはなりますが、この観音様は通称・「裏観音(聖観世音菩薩立像)」と呼ばれる観音様で、ご本尊とはまったく別の観音様となります。

浅草寺に訪れた際は、ぜひ、裏側へも回ってお祈りしてください。ウフ

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