浅草・浅草寺「五重塔」【旧・国宝】

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浅草・浅草寺「五重塔」【旧・国宝】

浅草・浅草寺「五重塔」【旧・国宝】

創建年

  • 942年(天慶5年)
塔高(創建時)

  • 約35m
再建年(境内向かって左へ移設)

  • 1648年(慶安元年)
再々建年

  • 1973年(昭和48年)
塔高(現在)

  • 約50m
大きさ

  • 4辺:各・約7.5m
屋根の造り

  • アルミ合金瓦葺き
素材

  • 鉄筋コンクリート製
発願者

  • 平公雅

浅草寺・五重塔の読み方

浅草寺の宝蔵門(ほうぞうもん)の隣には、そびえ建つ塔があります。

これは「五重塔」と呼称し「ごじゅうのとう」と読みます。

浅草寺・五重塔の歴史・由来

そもそも「五重塔」とは、どのような役割をもつものなのでしょうか。

お釈迦様が亡くなった時に、その骨をいくつかにわけました。

インドではストゥーパと呼ばれる仏塔(供養塔)で、お釈迦様の骨である仏舎利(ぶっしゃり)をお祀りしたのです。

日本では「五重塔」とは、仏舎利をまつる墓標となっています。

高くそびえ建つ五重塔や三重塔を見つけたら「ここにお釈迦様の骨が祀られているのだな」などと思ってくださいね。

浅草寺の五重塔の特徴


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浅草寺の五十塔は、昭和に建て替えられた時に「五重塔」の回りを、塔院で囲むような形にした「塔院造り」になりました。

塔院の内部は会議室や、書院など浅草寺の事務所になっています。

塔部分の屋根は、「寄棟造り」の一種である「宝形屋根」で「アルミ合金瓦」が葺かれています。

宝形屋根とは、中心部から四方へ均等に垂れ下がる正方形の屋根の造りのことです。

宝形造りの屋根↑宝形造りの屋根の建家

浅草寺の五重塔は火災による倒壊を何度も経験しています。

天災から塔を守るために、昭和48年の再建時に、鉄骨鉄筋コンクリート造りに生まれ変わったのです。

もともとは平安時代、942年(天慶5年)に「平公雅(たいらのきんまさ)」によって建てられたものです。

現在は宝蔵門を正面から見て左隣に建っていますが、当初は真逆方向である宝蔵門の右側に建っていました。

もともと建っていた場所には「塔」と書かれた小さな石がアスファルトに埋め込まれています。

浅草寺の五重塔の上で光る「相輪」

浅草寺・五重塔 相輪塔の屋根の上にはきりと光る「相輪(そうりん)」が立っています。

本来はお釈迦様を暑さから守るために、仏舎利塔につけられた日傘でした。

今ではこのような形になっていると言われています。

中心の棒に、丸い輪っかが9つ連なっているのが九輪(くりん)、その上に水煙(すいえん)と言われる炎をデザインしたもの、さらに上に竜車(りゅうしゃ)と宝珠(ほうじゅ)の2つの玉があります。

浅草寺・五重塔の建築様式と建築構造「火事と地震による被害」

現在の五重塔は昭和の時代に再建されたものですが、本来は平安時代に建てられたものだと言われています。

浅草寺の五重塔は、大震災や、東京大空襲など、4回以上は倒壊しています。

その原因は、いずれも「火災」です。

木造の塔ですから、火に弱かったのです。

その度に、再建され江戸時代には、江戸幕府3代将軍の徳川家光もその再建に関わっています。

火には弱い五重塔ですが、地震には強いと言われています。

その建築技術は、スカイツリーを建てる時にも応用されています。

ただまったく被害が出ていないというわけではなく、塔の先端の相隣部分は大地震の影響を受けています。

1855年(安政2)年に起きた「安政の大地震」では、相輪が曲ってしまいました。

この相輪の曲った五重塔を歌川広重などが絵に残しています。

歌川広重 浅草寺・五重塔↑画像引用先:http://uzo800.blog.fc2.com/

2011年の東日本大震災の時には、激しいゆれで相輪の一番上の宝珠が落ちて壊れてしまったのです。

「宝珠」は2016年5月現在、見ることができません。

五重塔を下から見上げれば、宝珠は小さな玉のように見えますが、その重さはなんと約100㎏もあるそうです。

これが落ちてきたらひとたまりもありません。

幸い落下によるけが人は出なかったようです。

2016年6月より五重塔の朱色の塗装のために補修工事が行われます。

1年ほどのおおがかりな工事ですので、宝珠も復活するかもしれません。

浅草寺・五重塔は内部に入れた!!

最上層には「聖仏舎利」が置かれています。

これは、1966年(昭和41年)にスリランカのイスルムニア王立寺院から正式に運ばれたものです。

らせん状の階段で最上層まであがることができますが、永代供養を申し込んでいる人など、一部の人しか中には入る事ができません。

また下の僧には観音像の回りにたくさんの位牌が置かれた部屋がいくつもあります。

永代供養は、他人の供養も申し込めるようで、位牌の中には、「ダイアナ元英国太子妃」や「マザー・テレサ」などの名前もみられます。

浅草寺・五重塔の夜のライトアップ

浅草・浅草寺・五重塔昼間、青空と一緒に五重塔を眺めるのもよいですが、夕方、日が暮れてからの五重塔もまた趣があります。塔が美しくライトアップされるのです。

五重のそれぞれ屋根の下に明かりが灯され、離れてみれば建物の朱が映え、真下から見あげれば屋根の縁が金色に輝きます。

色々な位置から五重塔を見て、あなた好みの姿を探してみて下さい。

ライトアップされるのは、日没から午後11時までです。

浅草寺・五重塔の場所

浅草寺五重塔は、仲見世・宝蔵門から境内入り正面に位置しています。

終わりに・・

五重塔は、基本的に「法隆寺の五重塔」がモチーフとされ、後世に数多く残されました。

五重塔が地震に強い最大理由とは、重塔の中央に「心柱(しんばしら)」と言われる「図太くクソでかい柱」を天井からブラ下げ、重塔を構成する各部材はキッチリと組合わざすに、わざとユルミを持たせていることにあります。

この「各部材のユルミ」と「心柱の振り子作用」により「縦揺れ・横揺れ」といった地震の臨機応変な揺れに逆らうことなく吸収して逃がすことができ、倒壊する確率を極小単位で維持しているのです。

五重塔の構造や建築様式については当サイトの以下↓別ページにてご紹介していますので、ソチラをご覧下さい。

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