【下部の底に龍が舞う】浅草寺・雷門「大提灯」の大きさ(高さ・幅・重さ)や値段はいくら?

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浅草寺の雷門と言えば浅草のシンボルとなるものであり、浅草に訪れた観光客は必ずと言って良いほどこの雷門へ訪れます。

そして、雷門と言えば「大提灯」です!

このページでは、あまり知られていない雷門の大提灯の秘密や謎を解き明かしていこうと思います。

ぜひ!ご参考にしてください。うんにゃ

東京 浅草・浅草寺雷門「大堤灯」

奉納が開始された年

  • 1795年(寛政7年)※江戸時代中期
大きさ

  • 高さ3.9m
  • 直径3.3m
  • 重さ700kg
作者(制作)

  • 高橋提燈(京都市下京区)
値段

  • 不明(値段は公表していないようです)

大提灯はいつ頃から奉納され始めたのか?

大提灯の奉納は松下幸之助氏が奉納したことが有名であり、松下幸之助が最初に奉納したイメージが強いのですが、実際は少し異なります。

例えば、江戸時代中期頃〜後期に制作された「江戸風俗図巻」の中で1720年(享保5年)頃の雷門の姿が描かれているのですが、なんと!大提灯の姿がどこにも見当たりません。

これは大提灯の奉納が1795年(寛政7年)の雷門再建時より開始されたためです。

ただし、当初は「雷門」と書かれた大提灯ではなく「志ん橋」という文字が書かれており、のちに時代を下る過程においても「志ん橋」とも書かれるようになっています。

この事実は、浮世絵で有名な「歌川広重」が浅草雷門前を描いており、この浮世絵の中には「志ん橋」と書かれた大提灯が吊り下げられています。

画像引用先:東京新聞

また、この頃の提灯は約670kgとされており、現在の大提灯の700kgと比較してみると30kgも重くなっていることになります。

大提灯が重くなった理由は、2003年に江戸開府400年を記念して新調された折、ひと回り大きく設計し直され、この結果、約30kg重量が増したからです。ウフ

注目!裏側には「風神雷神門」と書かれている!

表側の「雷門」の2文字だけが有名ですが、雷門をくぐってみてちょっと提灯の裏側をご覧にみてなってください。

雷門の正式名である「風雷神門」の4文字も見えます。

大提灯の制作期間と作っている人

提灯の骨組みに使われる「竹は京都の丹波産」、「和紙は福井県産のコウゾという植物を原料にした手すき和紙」で、1枚は畳半畳分もの大きさがあります。

重さ700kgには驚いてしまいますが、それもそのはず、この和紙をおよそ300枚重ねるのだそうです。

大提灯の制作は、約1年かけて、竹や和紙などの下準備がなされて、その後、約3ヶ月かけて提灯を仕上げて行きます。

1971年からは京都市下京区の老舗、高橋提燈が制作を請け負っており、現在にいたっては約10年ごとに修繕され、掛け換えられています。

⬆️大提燈には『京都・創業享保15年 高橋提燈株式会社』の銘が見える

つまり、おおかた1年半ほどの制作期間を要して完成していることになります。..いゃ~アッパレ!

えっ?大提灯がたたまれている?!

提灯がたたまれている姿を見た方も多いと思いますが、実は雷門の大提灯は次のような時はたたまれています。

この大提灯は大きいので移動も大変そうに思えますが、なんと!あくまでも提灯として設計されていることから、この大きさでも伸び縮みさせることができ、つまりはコンパクトにタタむことができます。

約10年周期の交換の時も京都の高橋提灯から車の荷台にタタまれた形状で、この雷門まで輸送されてきます。

ただし、タタめるのはあくまでも上下。上下だとペッタンコにできますが、横からはさすがに畳むことはできません。

幅3.3mもあることから輸送の際も高速道路の料金所を通過することができず、この理由から京都から東京まで一般道を走行し、大型特殊トラックにて2日がかりで輸送されてきています。


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雷門大提灯の大きな見どころは「底(1番下)」の裏側こそが華!

ところで、大提灯の底にも見どころがあるのをご存知でしたか?

ちょっと、潜り込んで見てみてください。迫力満点の龍の彫刻が見られます。

宝蔵門の下⬆️雷門の大提灯の底の裏面⬆️さらに真下の角度からUP!

地元浅草出身の彫刻家である渡邉崇雲氏の彫刻で、提灯が掛け換えられても、こちらは塗り直しながら、繰り返し使われています。

ちなみにこの龍は2002年、渡邉氏が78歳の時の作品です。

渡邉氏は雷門の龍の他にも、宝蔵門、本堂、二天門、浅草不動尊の龍の彫刻も手掛けています。

さて、なぜ龍なのかというと、浅草寺の起こりに関する逸話にまつわるものなのです。

その物語とは・・

浅草寺の御本尊「聖観音菩薩像」と雷門の龍の意外なつながり

今からおよそ1400年前の628年(飛鳥時代)、檜前浜成(ひのくまのはまなり)、竹成(たけなり)という兄弟が隅田川で網漁をしていたところ、一体の観音像が網に引っかかっていたのです。

これが後に浅草寺の本尊となる「聖観音菩薩像」ですが、のちに聖観音菩薩像は兄弟の主人の邸宅に安置され、これが浅草寺の起源とされています。

この時、観音様の現出(川から陸に引き上げられ祀られたこと)を喜び、長さ100尺(約3km)の巨大な龍が、金色の鱗をきらめかせながら舞い降りました。以降この龍は、観音様を守り続けている・・

というものです。

浅草寺の山号「金龍山」の名前の由来も龍!

ちなみに浅草寺の山号「金龍山」も、この故事にちなんでつけられています。

龍は「龍神」「龍王」などと呼ばれ、仏教においては仏の教えを守る神様です。

それと同時に雨を降らせて作物を実らせる「水神」として、人々から崇められてきたという歴史もあります。

特に浅草の街は木造の建造物が密集し、1度、どこかで火事が起これば類焼をまぬがれるのは困難を極めるものでした。そこで「火の手から人々を守る」という意味で水神となる龍を雷門に祀ったのも理由の1つです。

ちなみに、この龍、よく見ると「玉」を持っています。

アニメ・ドラゴンボールと浅草寺の意外な結びつき

この玉は「如意宝珠(にょいほうしゅ)」と呼ばれるもので、どんな願いでも叶える玉とされています。

人気アニメ「ドラゴンボール」内に登場する「7つ集めることでどんな願い事でも1つだけ叶えてくれるとされる”ドラゴンボール”」のモデルもこれですね。ドラゴンレーダーぴこぴこ

如意宝珠は「如意輪観音」や「地蔵菩薩」の持物として知られていますが、「龍神の脳の中にある」という言い伝えもある魔法の玉で、龍と共に描かれることも多くあります。

雷門の裏側の天龍・金龍も玉を持物として手持っています。

雷門と「松下電気(パナソニック)」に意外な接点が?

東京 浅草「雷門」と「松下電気(パナソニック)」に意外な接点が?

雷門の顔となっている大提灯は、1960年、松下電気産業(現在のPanasonic)の創業者である松下幸之助氏の寄進によって作られたのが始まりでした。

松下氏が浅草寺に大提灯を奉納した理由として、ちょっとしたエピソードがあります。

1959年、この当時、松下氏は「ひざの関節」の調子が思わしくなかったようで、この話を偶然、耳にした当時の貫首(かんす)清水恭順氏が特別に御本尊にご祈祷したそうです。

すると翌年、不思議なことに嘘のようにひざの関節の痛みが消え去り、今まで以上に仕事に打ち込めるようになったとのことです。

そのお礼として95年前に焼失してそのままだった門の再建と、この大提灯を松下氏個人の寄進により、浅草寺に奉納したのが経緯です。

完成後の落慶式に出席した松下氏は目元を少し潤ませながら「私にこの門と提灯を奉納させていただき本当にありがとうございました」と一言告げられました。

大提灯の下にある「金属の輪」に「松下電器産業株式会社 松下幸之助」とあるのは、このような経緯があったためです。

大提灯の下にある「金属の輪」に、「松下電器産業株式会社 松下幸之助」とあるのは、そのためです

現在でも松下氏が行った大提灯の寄進は踏襲されており、現在に至っては松下氏の意志を受け継いだ「Panasonic株式会社(パナソニック)」によって半ば儀式的に約10年ごとに奉納されています。

大提灯が掛け換えられる「懸吊(けんちょう)式」には、Panasonicの役員を始めとする代表者も参列しています。

↑浅草寺・雷門「懸吊式」↑浅草寺・雷門「懸吊式」の様子


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2020年初めて底のかざり金具が新調される!

2020年4月17日、7年ぶりに大提灯の交換が実施されていますが、今回の取り替えにて提灯底部の金具が新調されています。

驚くことに初めて交換されたとのこと。これにより当初の金色の輝きを取り戻しています。

大提灯の底部「松下電器」のままになっている?

上掲、写真をご覧になれば分かりますが、松下電器は2008年に「パナソニック」へと社名を変更していますが、上掲、写真の大提灯の底部の金飾りの部分の奉納者表記には「松下電器」のままになっています。

これは松下グループ有志一同が初代会長(松下電器創設者)である松下幸之助氏の意志を継承し、あえて表記はそのままとしたからです。ただし、その下に小さく「現 パナソニック株式会社」と書かれています。

大提灯のあゆみ(歴史)

歴史
942年 武蔵国への配置換えを希望していた安房国(あわのくに)の領主、平公雅(たいらのきんまさ)が、武蔵国に着任する。かねて浅草寺に参拝・祈願していた公雅によって、門を始めとする伽藍が整備される。創建当初の雷門の位置は現在の駒形堂近辺。
※武蔵国:現在の東京都、埼玉県と神奈川県の一部、安房国:現在の千葉県の一部
※平公雅は、935年(承平5年)から関東地方で蜂起した平将門のいとこ
・鎌倉時代 門を現在の場所に移築、風神雷神を造立(制作)
1767年 火災で焼失
1795年 3月再建成る。※この時、「雷門」と書かれた提灯が初めて奉納される
1804年〜18年頃 「雷門」という通称が用いられるようになる。
1960年 松下幸之助氏(松下電器産業社長※現パナソニック)の寄進により雷門の再建成る。
2003年 江戸幕府創始400年を記念して提灯を新調し、従来のもの(670kg)より大きくする(700kg)。10月には雷門のライトアップが始まる。
2013年 2013年で5回目の提灯掛け換えが執り行われる。
2020年 4月17日に7年ぶりに新調される。通算6回目。今回の取り替えにて提灯底部の金具が初めて新調される。当初の金色の輝きを取り戻す。懸吊式は新型コロナの影響で中止。

 

雷門の場所(地図)

浅草寺・本堂からの所要時間・距離

  • 所要時間:約5分
  • 距離:450m

雷門の見どころ

雷門へのアクセス(行き方)

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